会合日時  :2001年8月25日(土)

レジメ担当者:奥野(ひま師匠)

テーマ   :『時間と自己』で読む『風と共に去りぬ』

 

 

A4一枚にやや(かなり?)強引に収めた合宿版プチレジメです。

こんなんでいいのか本人も謎なんですが、後は当日トークで補います…。

 

さて題材は、みんな知ってる『風と共に去りぬ』です。

『時間と自己』(木村 敏 著 中公新書)を手がかりに「時間」と「精神」の

関係など考えてみました。

『風と共に去りぬ』1~5巻が新潮文庫から出ています。

 

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<『時間と自己』で読む『風と共に去りぬ』>

 

 このレジメは私が大学に提出した『Gone with the Wind と時間意識』という

卒論の一部を元にしています。この論文の目的は、『風と共に去りぬ』の賛否が

異常に分かれる理由を作品内容・作家・読者各々の時間に対する意識解読という

方法で明らかにすることでしたが、今回はこの中でもスカーレットの精神分析を

モデルにした部分をまとめ直してみました。常日頃私が感じている、時間の経過

に対する恐怖のようなものを見直す上で、様々なキャラクターを通して時間の流

れを意識させられるこの物語はヒントを与えてくれたと思います。

 

■「時間」について

 時間の経過というものを普段感じてはいるものの、それを時間という「もの」

として言い表すことは難解です。アリストテレスの「より先およびより後という

観点から見られた運動の数」という時間の見方を読み替えて、ハイデガーは時間

とは外部から与えられているような「もの」ではなく、そこに立ち会っている

「いま」が以前と以降の両方向に拡がっているということであるとし、自分自身

が「いまここにある」という現実から切り離すことのできない「こと」的なあり

かたを持った現象として捉えるとします。(個別的自己の有限な自己存在の別名、

死の自覚。いま=その都度の私自身。いまの拡がりで時間を意識する。)

 

■『時間と自己』

 木村敏が『時間と自己』において試みている性格類型によると、分裂病親和者

に多いアンテ・フェストゥム(前夜祭的)意識と鬱病親和者に多いポスト・フェ

ストゥム(祭りの後)意識、イントラ・フェストゥム(祭りのさなか)意識とに

分かれます。(これらのうち前者二つを取り上げますが、その意識の特徴につい

ては後述します。)

 ヒロイン、スカーレットの意識のなかにはアンテ・フェストゥム的な要素を含

むとも取れる部分が見られ、さらに興味深いことに、スカーレットが最後まで理

解することができなかったとされるアシュレという人物や南部社会そのもの等が、

ポスト・フェストゥム的要素を含んでいるように見えます。ではそれらの意識の

特徴を挙げてみましょう。

 

【アンテ・フェストゥム(前夜祭的)意識、分裂病親和的】

・未来の先取り(ここでいう未来とは「未だ出来ない」こと)

・過去の一時点における運命に関する選択の失敗を悔やむ

・未知なるものとしての未来に対する激しい憧憬

・つつぬけ体験。関係妄想

・自己認知ができていない。→未知の自己への憧れ

・現実からかけ離れた実現不可能な理想の追求

・今までの自己の歴史や現在の自己のありかたを自己自身の根拠として引き受け

ていない。(既存性としての事実性を引き受けられない)

・未来の可能性を先取りすることによって、自己実現を達成しようとする。

 

 スカーレットの思考の基本はいつも”to-morrow is another day. ”であり、

その発想は全て「(明日になれば何かいいことが思い浮かぶだろうから)明日考

えよう」です。また明日のパーティに出さえすればアシュレと結婚できるだろう、

戦争が終わりさえすればよくなるだろう、タラに帰りさえすれば何か思いつくだ

ろう、といった未来に対する単純な憧憬がしばしば見られ、現実離れしたことも

どんどんやっていきます。(それが功を奏してサバイバルに勝ち残っていくので

物語がおもしろくなっているとも言えるでしょう。)

 『風と共に去りぬ』に肯定的な意見の多くは、このようなスカーレットの思考

を「前向きさ」であると捉えて感動してしまう読者によるものです。しかしなが

ら私はそれが疑問でした。本当に彼女は前向きだと言えるのでしょうか。彼女は

戦争と再建時代の混乱期のなかで不安に翻弄されながら、必要に迫られて未来に

思いをはせるしかなかったのではないでしょうか。

 

【ポスト・フェストゥム(祭りの後)意識、メランコリー親和的】

・後の祭り。とりかえしのつかないことをしてしまった

・秩序愛好性

・生活秩序の変化に弱い

・深刻な危機に直面して鬱病に陥る(自己の存在をそれまでしっかりと支えてき

た秩序が失われたとき)

・役割的自己。共同体の監修や常識の中に埋没した形で安全に保持される自己同

一性。

・共同体の制度的な規範を内面化し、自己自身の内面的制度とし、違反を恐れる。

共同体時間の重視。

 

 共同体とはアトランタ社交界であり、戦後意味を持たなくなった南部の旧習で

あると考えることができます。戦争で憂き目に遭った南部貴族たちが秩序の崩壊

に潰され、再起不能になった様子もこの小説には描かれています。

 

■精神状態と「時間」の捉え方

 アリストテレスは「精神が存在していないとしたら、はたして時間は存在する

だろうか」と問うたそうですが、時間が「私自身の存在と切り離せない現象」で

あるとして、病にまでは至らなくとも、彼もしくは彼女の精神状態と一体化した

ものであるということには実感があります。それは私の感覚的なものではありま

すが、生きるという行為そのものとして時間を感じてきたからです。

 スカーレットを「前向きである」として評価することに疑問を抱いたのも、人

が一人生きていくにおいて、そこに流れていく(かのようにみえる)時間に対す

る意識は百人百様であると思いますし、「前向き」「後ろ向き」といった使い古

された表現で分類できるものではないという点で私は木村氏と同意です。

 また、スカーレットだけでなく、登場する南部の人々も含めて、彼らが「前向

き」であると言えない理由に、過去の栄華を再び取り戻そうとする奮闘を美化し

ている点が挙げられます。南部人にとって再建時代はまさしく失われたものを

Reconstructする時代であったと捉えていますが、アンテ・フェストゥムなスカー

レットにとっては既存の事実を引き受けられないままに栄華の復活を未来に期待

したのであり、ポスト・フェストゥムな人々にとってはこれまでのつつがない状

況が続くことを願う意味での再建であったことと思います。

 

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