一 暴力は当然の本能なのか
「かっとなって殴りかかった」という表現がよく使われるが、「殴りかかる」
という行為は、ほんとうに、「かっとなる」つまり、自制心が失われて起こるも
のなのだろうか。それは本能的な行動なのだろうか。なぜ、すぐに暴力をふるう
人と、そうでない人がいるのだろうか。
こういった疑問は、自分にほとんど暴力衝動がないことから抱くことになった
。いい人ぶるわけではない。人を憎んだり、腹を立てたりは人一倍しても、それ
が暴力衝動に結びつくことがない。もし私が誰かを殴ったとしたら、それは、「
こういう場合には、私は腹を立てて殴るべきではないのだろうか」と考えての末
になるのだと思う。そしてそう考える根拠は、テレビや映画を通して示されてき
たパターンのような気がする。
二 人を傷つける心-攻撃性の社会心理学
そこで、自らも考えながら、そういったことをあつかった本をさがした。暴力
そのものではないが、暴力をふくめた「攻撃」行動について、いろいろな研究を
簡潔にまとめた本が興味深かったので、その内容を紹介する。
「人を傷つける心-攻撃性の社会心理学」セレクション社会心理学9 大淵憲一
サイエンス社
1 人間の攻撃性
この本では、攻撃行動を「他者に危害を加えようとする意図的行動」と定義す
る。攻撃性の本質については、大きく三つの論理的グループに分けられる。それ
は、「内的衝動説」「情動発散説」「社会的機能説」である。
2 内的衝動説
攻撃は人間の本能に基づくという説であり、代表者はフロイトとローレンツ。
フロイトは、自己破壊を目指して生体内でうごめく衝動、「死の本能」が、生
の本能と妥協することにより、その破壊性を外部に転化したものが攻撃衝動とな
るという。
ローレンツは人間行動との比較を念頭に置きながら動物行動の研究をするエソ
ロジストである。フロイトと違い、攻撃性を進化の過程で形成された有用な機能
とみなしている。その機能を、「ライバル闘争」「テリトリーの維持」「子孫の
防衛」「順位性」(集団居住において序列をつくり秩序維持をする)の4点から
論じている。
また、その機序は、内的衝動(つまり、本能)と外的要因(攻撃を誘発する刺
激と、抑制する刺激の二種類がある)の相補的な関係からおこるという。
内的衝動は他の本能(食欲、性欲など)と同じく反復性があるから、外的な刺
激要因がなくても自然に攻撃性が高まるので、周期的に放出される必要がある。
(シクリッドのエピソード)
人間の攻撃抑制刺激は何か
実験1 電気ショック実験で、被験者は事前に恐怖を訴えて同情をひいた相手に
はそうでない者にくらべて弱い電気のレベルを選んだ。「同情」
実験2 相手の苦痛がわかるペインメーターをおくと、おかないよりも弱い電撃
を選んだ「同情」 しかし、「被害者」が故意に失礼なことを言って被験者を起
こらせると、ぺインメーターがあるほうが、つよい電撃を選んだ。
実験3 実験前に面接で「被害者」がプライベートな情報を開示していると弱い
電撃を選んだ「親しみ」
3 情動発散説
ダラードの欲求不満説
「欲求不満があれば必ず攻撃が起こるし、攻撃が起こればそこには必ず欲求不満
がある」
欲求不満の強さは妨害された欲求の強さに比例する
実験4 列への割り込み。先頭から二番目に割り込んだ方が、十二番目に割り込
んだよりも攻撃反応がつよい。
欲求不満の三つの仮説
欲求不満によって生じた攻撃動因は必ずしもその場で表現されるわけではな
い。
欲求不満が生み出すのは、攻撃動因であって、特定の攻撃反応ではない。
攻撃動因はさまざまに形をかえて発現される。転化などもよく起こる。
欲求不満説に対する批判
欲求不満にも攻撃が起こらないものがある。
実験5 (反応へのアンケート形式)ドライブの約束をすっぽかされたとき、「
悪意(本当はいきたくなかった)」「怠慢(忘れていた)」「愛他心(家族の病
気)」「事故(車の故障)」の順で怒りと攻撃が弱まる。同じ欲求不満でも、原
因が合理的かどうかで反応が異なる。
→ダラードに欠けていた視点。
攻撃の理論を作る際に個人の認知的機能を考慮に入れる必要がある。(攻撃行
動の前には、原因を推定したりその合理性を判断するというかなり高度な知的活
動がある)
欲求不満ではないのに攻撃がおこる状況もある。
実験6 グループでジグソーパズルを完成させる課題を与える。その後、電撃攻
撃の実験。ふつうに作業できたグループの電撃強度2、わざと完成できないパズ
ルを渡された「課題欲求不満」のグループは3.8、グループ内に作業を妨害す
る人がいて時間内に完成できない「対人欲求不満」グループは4.1、パズル完
成後、メンバーの一人が全員を侮辱したグループは5ともっとも高かった。
→自尊心を傷つけられることは激しい攻撃の動機となる。→社会的機能説・防衛
的印象操作へ。
バーコビッツの不快情動説
攻撃的動気付けは外部から喚起される、攻撃の目的は不快な感情を発散させる
こと、攻撃動因は変容する(八つ当たり)の三つを特徴とする論。
不快なことがあっても、その相手の動機(故意、善意から)、正当性などで攻
撃行動がかわるという批判に対して、次のような段階説で説明している。
嫌悪現象は、不快感情を生み出す。不快感情はその強さに応じて、攻撃動因を
活性化する。これに対して、反応の適切さや罰の予想などを内容とする認知的制
御が行なわれ、実際の攻撃行動が実行される。
認知的評価・解釈 認知的制御
↓ ↓
嫌悪現象 →→ 不快情動 → 攻撃動因 →→ 攻撃反応
高温、低温などの不快現象も攻撃性を増強させると思われることも、不快情動
説の根拠となる。
4 学習理論家の「攻撃性の学習」論
攻撃行動の発生に関して、社会的環境(人間関係)を重視。
幼児の世界では強引なやり方は高い割合で成果をもたらす。子供の攻撃は「成
功」体験に基づいて強化されうる。→攻撃行動は手段的行為とみなせる。
その他、攻撃行動がほめられること、モデリングなどで攻撃性が学習されるこ
とを実験などの結果か示している。
5 社会的機能説
ある目的を達成する手段として自覚的に攻撃行動を選択する。
バンデューラら。攻撃反応が有効だと経験すると、類似の状況は攻撃を喚起し
やすくなる。
ルール・テダスキー。攻撃行動は葛藤場面に対する人々の対処行動の一つ。
次の四つの機能をもつ(大渕らの説)
回避・防衛
予期される被害を回避したり低減させることが目標。
実験7 お互いに電撃をする実験。相手(さくら)が強度をあげるとこちらもあ
げ、下げると下げた。
実験8 上と同じ実験を、相手の攻撃レベルがランプで示されるようにして行な
う。ただし、現実の電撃の強さとランプの示すレベルは反対。ランプの示す度合
いに応じて、攻撃性がかわった。実際の被害でなく、目で認識した被害に応じて
いることから、防衛反応であることが推測できる。
強制-社会的影響行動
自己評価の低い人が威嚇や脅しを使いがちなのは、他の手段での成功に自信が
ないから。
制裁・報復
ある調査によると人の怒りの80%は他者の不正に向けられている。怒りは高
度に社会的感情で、価値規範に基づいて生じる。怒りは、不正行為を強制して社
会的公正を回復することを目指す。
印象操作
主張的なもの。他者の尊敬や賞賛を得たり、攻撃力の誇示によって葛藤解決や
交渉を有利に運ぼうとする方策。
防衛的なもの。名誉が傷ついたり面目を失いそうになると相手を攻撃すること
によって印象の回復をはかる。
5 攻撃の2過程モデル
挑発事象が知覚されると、そこで二つの経路に分かれる。ひとつは不快情動を
喚起し、自動的認知処理を経て衝動的攻撃動機となる(実際の攻撃行動にうつる
かどうかは場合による)。もうひとつは制御的認知処理を経て戦略的攻撃動機に
うつるというもの。この二つの経路が相互に作用する。
不快情動説と社会的機能説をあわせたモデルになる。
三 この本のあとがきにもあるが、攻撃性について「衝動的」、「情動的」、「
動物的」などと形容されるように、原始的な反応とみることが誤解であることが
よくわかる。その誤解をといていくことが暴力を減らすことにつながるのかもし
れない。