偶然・必然,偶然=必然?
§1 出会い方
その1)2010年(奇しくもドラエモンが生まれた年と一致するんですが)ぼちぼ
ち新婚旅行で「月」へのお誘いなんてのが旅行会社のホームページに載ったりす
る時代になりました.新婚旅行でやってきたアサコさんは,こちらも2回目の新
婚旅行でやってきた?マコさんにばったり出会うんですね.「え~~~~っ,マ
コさんじゃないですかぁ,こんなところで会うなんて超ぐうぜーん」.月でばっ
たり出会うなんてあの世で会うくらいに超偶然であることに間違いありません.
その2)「あなたとはいつ出会ったのかしら?確か最初にあなたを見たのは八王
子でのセミナーの時だったよね」「そうだねー,でもぼくはそのときはきみにそ
んなに興味がなかったし...きみはone of themにすぎなかった(失礼).2回目
に甲府で出会ったときはきみのことばかり見ていた気がする.」「わたしもあな
たとは良く目が合うなぁって思っていたよ」「これってなんか必然性を感じるな
ぁ」.
その1)での出会いは「良く知っている」人間同士がまったくの「期待なし」
に同じ時刻に同じ場所ではち合わせたのに対して,その2)の話では最初の出会
いはまったくの偶然だったにも関わらずその後は「必然」を感じてしまうという
ものです.恋人同士が毎回偶然に!出会ってデートするはずはありませんから,
互いに逢い引きを「必然」に持ち上げてしまっているのです.偶然・必然は関係
によってどちらにでも転化してしまう不思議なカテゴリーといえないでしょう
か?
§2 必然から偶然へ
少し古い?「統計物理学」の教科書にはよくこういうことが書かれています.
「熱」は分子のランダムな運動が引き起こすもので,その数があまりに多いため
に我々は分子の位置や運動量を知ることができない.そのために(やむを得ず)
統計的手法を使うのだ.アボガドロ数(6×1023)の6倍もある初期条件を知る
ことができればニュートンの運動方程式を使って,すべての未来の分子の位置と
運動量を原理的には計算することができる.
量子力学の基本的な運動方程式であるシュレーディンガー方程式でも同じこと
で,どちらの方程式も完璧な「決定論=必然性」の形をしています.つまり我々
が全知全能の神でないためにこの世のすべてを把握できず確率論的にあらわす
(偶然性)しかないということになっています.はたして「すべてを知れれば」
世界は必然なのでしょうか?
量子力学そのものから破綻が生じてきました.それは分子の位置の「観測」を
行えばその瞬間!シュレーディンガー方程式は成立しなくなるため,分子の「位
置」は確率的にしかわからない,というボルンの解釈です.シュレーディンガー
方程式は「可能世界」の必然性しか表現していません.「この世」に落ちるとき
必然は偶然に転化してしまいます.見てしまったら最後なのです.これは「観測
の問題」いわれ現在でも活発な議論がなされています.さらにカオス理論が追い
打ちをかけました.非線形(3つ以上のものが互いに相互作用している世界)の
もとではどんなに方程式が決定論的でもあっというまに情報が失われ,確率的に
なって行くのです.それでも「観測」や「非線形」を正しく見直せばこの世は必
然的にできているのだ!という強い信念の持ち主はいます.アインシュタインも
その一人でした.
§3 偶然から必然へ
生物を見るとたいてい直感的に「生物でないもの」と区別できます.これはど
うしてでしょう?親しい友人や恋人も群衆の中からすぐに「発見」できます.あ
なたがそれを「生物」だと知っているからでしょうか?恋人だと知っているから
でしょうか?何かについて知ると言うことをそれの属性をすべてあげられるこ
と,もしくはほとんどをあげられることにすれば,「生物」を発見できるのでし
ょうか?恋人もスリーサイズや身長で発見するのでしょうか?たいていそういう
風にして発見していません.生物や恋人は分かって!しまうのです.鳥でも餌や
異性や敵は「よく見える」そうです.ミツバチは蜜のたくさんあるレンゲをすぐ
に見つけだします.あなたが偶然街で出会った彼氏(彼女)は今や「恋人」とい
う必然性に転化しています.
太古の海というスープの中で分子たちはなにやら話し合っています.こうした
無数の「分子ゲーム」の中からたがいに了解できる「言語」を獲得する一群がで
きてきます.分子の膜は閉じられて世界の内と外を形成します.「生命の誕生」
の猛烈におおざっぱな?様相です.しかし分子は自分が生物になったことを「知
りません」.相変わらずシュレーディンガー方程式に従いながらも「偶然」を楽
しんでいます.生物は自分が必然に転化したことを知り!「愚かな分子どもよ
!」と優越感に浸っています.「サル」からヒトに転化したときもこんな様相だ
ったのでしょうか.言語を生成するなかでサルはヒトという固有名を縮退させた
のです.DNAを生成する中で分子は生命という固有名を縮退させたに違いあり
ません.偶然はコミュニケーションを介して必然性に転化しているのです.